
どんなにおしどり夫婦と呼ばれた二人でも、離婚してしまうことがあります。
芸能人の離婚劇だったら、おもしろおかしく話題にできるけれど、自分に関わることだったらそんな余裕はありませんよね。
例えば、自分の両親の離婚。
離婚から何年経っても、大人になったとしても、両親の離婚によるショックを引きずる人は少なくないと言います。
さらに、親の離婚のために、自分の結婚まで、ためらってしまうケースも。
みなさんは「結婚」について、どう思いますか?
子どもは親を選べない
両親の離婚は、子どもの心に大きな影を落とす可能性があります。
結婚して子どもがいても、家族が離れてしまうという現実。
好きあっていた男女が、いがみ合うことになるという事実。
片親という劣等感。
親の離婚による様々な環境の変化は、子どものキャパシティーを超えて、辛い体験となってしまうこともあります。
そして大人になると、シングルペアレントとして自分を育てた親の大変さもわかるようになる。
そのために自分が結婚して家庭を持つことに自信が持てず、幸せな結婚ができるはずがないと思い込んでしまう人が少なくありません。
でも結婚がうまくいくかどうかは、誰にもわからないことです。
それは親が離婚していようとしていまいと、関係ありません。
同じく、自分が良い親になれるかどうかだって、わからないこと。
結婚がうまくいくかどうかは、もう「運」でしかないと思います。
「運が悪い」だなんて不謹慎な! と怒られてしまうでしょうか。
でも残念ながら、子どもは親を選べません。
選べないことに、大切な人生を預けてはいけないのです。
出会った奇跡はある
個人的な意見ですが、結婚は、すること自体に意味があると思っています。
他人だった二人が出会って生活を共にし、新しい家庭を作るということは、奇跡とも言える一方で、とても無謀な行為です。
育った環境も食べてきたものも違う二人が、この先の人生を共にするなんて、少し考えれば簡単でないことは分かります。
結婚したら、ばら色の未来が待っているなんてことはありません。
でも結婚という無謀なことを、一緒にやってみたい人がいて、相手もやってみるかと言っているなら、結婚してみたら良い。
そんな相手に出会ったことが奇跡的なのですから。
結婚そのものの価値は、結婚後に二人で築いていくものですが、結婚したいと思うような相手に巡り会ったことにも価値はきっとあるのです。
結婚は飛び込みに似ている
結婚は、飛び込み台から飛び込む感覚に似ています。
飛び込む前は怖いけれど、飛び込んでみたら、わりと何とかなるという感じ。
誰でも結婚はちょっぴり怖いです。
でも考えてみれば、人生で経験することの多くは、最初はちょっと怖いものばかりです。
結婚だけが特別なわけではないのかもしれません。
どんなにわかっているつもりでも、飛び込んだときの感覚や、その後のことは、やった本人にしかわかりません。
わからないままでもいいけれど、限られた人生のなかの選択肢くらいには入れても良いのではないでしょうか?
下から飛び込み台を見ているだけでは、上からの景色すら見ることができないのですから。
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